受験で合格すればうれしい。不合格なら悲しい。
しかし、不合格だったとしても、それで、人生の全てが決まるわけではない。
そこは人生の通過点であり、一つの駅に過ぎない。
私の外国にいる知人は、特別に有名大学を出ているわけではない。
パソコンの才脳があったようで、それでうまくいって、若くして大金を得た。その後、その仕事を変え別の仕事をしてさらに金を得た。そして今では、その仕事も辞めて新たな仕事についているらしい。
今を生きる人にとって、過去にどこの大学を出たとかいう話がずっとその後の幸せを保証できるものではない。
受験生にとって、合格不合格は必ず起きる。定員10名の所に100人受ければ、90人は不合格となる。合格する方が難しい。
合格してその大学に行くもよし。不合格で別の大学に行くもよし。どちらの道を歩いても自分の霊性を高めるために用意されたすごろくゲームのようなものだ。
ある出来事が起きた。その出来事をどう解釈するかで今後の人生の方向が変わる。
過去の出来事をどう解釈するかで、自分の未来が変わる。
オセロというゲームがある。
白の駒と黒の駒があって、同じ色で相手の色をはさんで色を変えるゲーム。
●●●●〇で、1番目の出来事は、●だと解釈。時間が過ぎてこの過去の●を〇だと解釈すると、2番目、3番目、4番目の●が○に変わる。
あの時、あの大学に落ちたからこそ、良かったんだという解釈によって、その後の自分の人生が〇に変わることもある。
あの時、あんな辛いことがあった。あんな辛いことは2度と起きてほしくないという事があるかもしれない。
しかし、その辛い事があったからこそ、自分の人生に彩りができ自分を育てることができたと解釈するなら、そのブラックな出来事がその後の自分を変えるきっかけになったということもある。
要は、自分にとってマイナスに思える出来事が実は、自分を育てるために用意されたものだったとしたら。

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