数学なら、方程式があって、その方程式通りにすれば計算ができます。
この世に起きるいろいろな事象、出来事にも法則があって、自分がその渦の中にいるときには、気づかないけど、その場から離れ冷静になってじっくり考えたり、一晩眠ってふと目が覚めてから、昨日の出来事の解釈を冷静にできるようになると、自分がその渦に意識が支配されていたことに気づくことがあります。
それは、家族間の会話などでトラブルがあったときの後でよく思うことです。感情的になって家族とやりあうと、気分はすっきりしないし、お互い嫌な気分を味わいます。
その精神構造というか、そういうふうに考えてしまった自分を振り返るのです。
こういう現象にも法則があるのでは、と、思えるのです。
なぜ、そういうやりとりが起きるのか。息子と自分との価値観の違いから、息子の考え方はそれは人としておかしいんじゃないかと言っても、それは理解されない。どこまで言っても反発しかない。
理解されることはない。息子も理解してくれない親だと思う。自分の使うものは自分で掃除するのが当たり前だという私の価値観と、そう思えない息子の価値観。息子はたまにする掃除さえしたくないから、どこまでも自分の考えは変えない。それを分からせようといろいろいっても理解はされない。
そこで、できることは言っても理解できないから祈るしかないなという思い。
そういう言い争いをしていると、その言い争うエネルギーを喜ぶ霊がそばにいる可能性もある。霊については見えないので、私たちは、その場の感情の渦の中にいると自分が見えていないけど、実は自分自身がその罠にはまっている。その精神レベルでいると、いつまでもそういう状況が続く。
ということに気づいたのです。

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