この世に生まれたことは、偶然でしょうか。
たまたま、自分の両親の受精卵に自分が宿ったのでしょうか。
それは偶然ではなく、計画されていたとしたらそれは、生まれるべくして生まれた自分ということになります。
親となる人を選びあの世から生まれたとしたら、それは計画的に生まれてきたことになります。
これについては、そういうことを証言する人がいます。信じるか信じないかはとにかく、あの世にて、自分の両親を知った上でそこを選んで生まれてきたいう子どもがいます。
生きている間には、自分にとって、認めたくない出来事にも遭遇します。
私の弟は生まれつき目が不自由で、小学校5年生から盲学校に行きました。
大学部3年間を経て、東京に出て働き、その後父が建てた治療院で開業しました。
その後、温泉のマッサージの所で働いたり、整形外科のリハビリで働いたりしました。最後には、自分で家を建て開業しました。
弟は、目が不自由な環境で生まれ、その後の生活が苦労することも分かった上であの世にいた時から計画して生まれてきたのでしょう。
私は、目が不自由ということもなく育ちましたが、大学浪人をして社会に出てからも
結婚してからもいろいろ悩みながら人生を歩いています。
これらの人生に出会った出来事は偶然ではなく、必然の出来事が目の前にやってきているのだとしたら、それはなぜなんだという疑問がわきます。
それは、全て、自分自身の魂のレベルを上げるために、目の前にその出来事が起きている。神からのギフト(贈り物)だということです。
周りは自分の心を映す鏡だということです。
目の前に見える「あーいやだ、こんな目の前の姿は見たくない」という思いは、実は、自分の心を相手を通して見せられているということ。
自分が正しいと思う価値観から人を裁いている。
「鏡の法則」とは、自分に現れる出来事は、自分の心を映しているということ。
ただ、このことは、ウクライナとロシアの戦争については私は何も言えません。
戦争という出来事に直面している人たちについては私は何も言えません。
ただ、自分がこの平和な日本にいて、生じている出来事については、「鏡の法則」によって、自分が目の前の出来事に直面しているのだと感じています。

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