ネットでは、若い教員をいじめた東須磨小学校の教師の話が話題となっています。
この話はテレビでも話題となり、多くの人が知っている出来事です。
いじめの内容は多く、この4人のいじめは許されるものではありません。
この事実が全国の人の知るところとなりました。
校長先生は、この4人が東須磨小学校で教えることはないという話をされたようですが、他の学校で教師として勤められるかというと、難しいでしょう。
今の社会は、ネット時代なので、誰が加害者であるか、その氏名や顔写真、さらには家族関係までネットで広がってしまう時代です。
仮に新しい学校に転勤となっても、今回の事実がすでに皆に知れ渡っていて、教師として続けられるかどうか。難しいと思います。
飲酒運転でも退職をせまられると思いますが、そういう次元の出来事ではありません。
ところが、これが、この東須磨小学校だけの出来事かというと実は、全国でこれに似たような出来事があるということを知り、残念な思いです。
先輩教師が、後輩教師をいじめる。本人はいじめているという感覚はないかもしれません。「指導」という感覚の先輩教師もいるかもしれません。
いろいろネットで調べていくと、教師間における差別的な言動があるという人もいます。例えば、教諭と講師の間において、講師が差別的扱いを受けているという書きこみがありました。
一般の人は「教諭」と「講師」の違いをあまり知らないかもしれません。
教諭は正規採用で、講師は臨時採用です。講師には、期限付き講師と臨時任用講師があります。どちらも講師なので、1年で契約が切られ、翌年も仕事があるかどうか保障されているものではありません。
講師に対して、教諭の人が差別的な扱いをすると、言っている人がいますが、どこの県でもそうであるとは限りません。講師が大事にされる学校もたくさんあるのです。なぜなら、講師がいなければ、その学校が回って行かない人員不足の学校は多いのです。
奈良県においても、2学期になってから4名の先生が、病気ということで休んでいる状況が続いています。原因は、「厳しい接し方をする先生がいること」のようです。言い方を変えれば、パワハラ教師がいるということでしょうか。どこの学校にも多少きついタイプの先生がいるかもしれませんが、いじめという手法によって同僚を苦しめてはいけません。
奈良県の4人病休については、詳しい情報もなく分かりませんが、パワハラとかいじめとかが原因なのかと思えてきます。
教師が一人休んでも変わりくらいくらでもいると、思うかもしれませんが、私が調べたところでは、もし、一人が休めば、その穴埋めに入るのは、教頭や一般の教師で空きの時間のある教師が入るということです。一般の教員はもともと授業をもっていて、授業のない空きの時間は教材研究やその準備、あるいは校務分掌の仕事をしているそうです。ですから、誰かが休めばその代わりに入ると言うことで、自分が予定していた授業の準備の時間はなくなるのです。
かといって、その休んでいる人の代わりが簡単に来るわけではありません。長期の休みとなれば、新たに講師を採用するということもあるようですが、いつ戻るかわからない状況で新たな教員がつくわけではありません。一人の人間を採用するとなれば、お金がかかるため、そう簡単な事ではないのです。
いじめとはいかなくても、パワハラ的な言動で同僚を苦しめる場合があるようです。あるサイトでは、年齢の若い教員が、先輩の教員に暴言を言うということもあるようです。
人の心の痛みの分かる人間になりたいですね。霊性の観点で見れば、他者にどのように接して人生を送れるかが大事です。人の上に立つ人ほど、相手の事を思い接することが大事です。「実るほど首を垂れる稲穂かな」このことわざは霊性の次元における人としての生き方を教えています。
人は高い役職につけばつくほど、「実るほど、首を垂れる稲穂かな」という心構えが大事なのです。
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