人類はこれまで、戦争というものを何度も繰り返している。
国と国が自国の領土、領海、領空を広げるため他国の国に爆弾やミサイルを打って破壊する。そこに人が住んでいるのだから、人間は殺される。
なぜ、戦争が起こるかはいろいろな人がその背景と当時の為政者の思い行動を分析しながら戦争がおこる理由を述べている。
今は、ロシアとウクライナ。イスラエルとハマス。イスラエルとイラン。
戦争を直接にしているのはロシアとウクライナとしても、ウクライナに武器や資金を援助する国があるから、戦争というのは、武器や資金援助している国も間接的に戦争に関わっているわけだ。
国と国の関係においては、時の為政者によって大きく左右される。
民主的に選ばれた国会議員なのに、国民の生活のために働くかというと日本の場合はそうではない。
すでに、ユーチューブなどで多くの人が配信しているが、一般の国民が知らない力が働いているようだ。
日米合同委員会なる言葉も最近では、ユーチューバーが解説してくれるので、多くの人が知ることになった。こういうことはテレビではほとんど言われない。メディアも支配層に都合の悪いことは言わないようにコントロールされているそうだ。
日米合同委員会によってアメリカの意向に沿うように日本の政治が動かされる。財務省と政治家の関係。財務真理教と表現される言葉に象徴される財務省。政治家を大企業に都合よいようにコントロールするために経団連からの献金。政治家のパーティーによる資金集め。民主主義といえども、結局、一部の人たちが自分に有利になるように政治を行うから、国民は重い税負担に生活が苦しい。
こんな日本でも、日本という国は秩序を守り一生懸命生きている。
おとなしい日本人は、強い者たちに支配されながら生きている。貧しいながらも心まで貧しくならないように生きている。
大正時代に、生活が苦しいからと「米騒動」が富山県で起きました。ネットで検索すると以下のように説明されていました。
「米騒動」とは、1918年(大正7年)に米価の値上がりを直接の原因として起こった全国的な民衆騒動のことです。 発端は、富山県の漁村の主婦達が安売りを求めて米屋へ押し掛けたこと。 これを新聞が「越中女房一揆」(えっちゅうにょうぼういっき)として報道したことにより、米の安売りを求める騒動が大都市を中心に広がったのです。第一次世界大戦による好景気は、一方で物価の高騰を招き、実質賃金の低下で民衆の生活は苦しくなっていました。 特に米価の値上がりは異常でしたが、これは凶作が原因ではなく、シベリア出兵を見越した地主や米商人の買い占め、売り惜しみによるものでした。
最近、物価がとても上がっています。良く買うピーナツは2年前は100円でしたが、今は160円ほどしています。米の値段も少し上がりました。10kg3000円くらいだったものが3600円くらい。米の銘柄とかで値段は上下しています。
物価上昇の原因は、米騒動の時代とは違いますが、人々の生活はだんだん苦しくなっています。ですが、政治家は、国民から集めた税金を海外にばらまき国内には増税という政治をしています。そんな政治を行う国に対して田舎では起きていませんが都会では、デモを行っているようです。しかし、そういうことはテレビでは放送されません。ユーチューブを見ると、もっと国民の事を考えた政治を行ってほしいと訴えているわけです。
まだ、それでも日本という国は戦争をしている国と比べれば安心して暮らせる国です。(今の所は)ただ、最近は海外からの脅威に備えて防衛費にかける予算は多くなり、台湾有事を懸念する話も出ています。
日本は二度と戦争はしないと憲法で定めていますが、為政者によっては何が起きるか分からない怖さがあります。
1925年に治安維持法という法律ができました。その法律はどういう法律だったか。以下ネットで検索すると、
「治安維持法は 社会主義運動の取り締まり を目的とする法律。これにより、社会主義運動の取り締まりが行われました。「治安維持法」による逮捕者は数十万人、これまで判明しただけでも送検された人7万5681人(起訴6550人)、警察署で虐殺された人93人、刑務所・拘置所での虐待・暴行・発病などによる獄死者は400人にのぼります。」とのような内容が書いてあります。
今から100年ほど前の出来事です。
今、多くの人は政府が「緊急事態条項」とかいう法律を作ろうとしている事に反対しています。国民の権利を公を理由として縛ると言っている人がいます。治安維持法によって、権力者はどのように国民にしたか。法律は国民の幸せのために作られるならいいのですが、時に国民の主権、基本的人権さえも奪う可能性があるかもしれません。「緊急事態条項」の成立によってかつての「治安維持法」のような結果をもたらさないよう歴史から学ぶ必要があります。
こんな世界に生きる私たちですが、私たちは、生きることの意味を問い直す必要があります。
なんのために生まれたのか。
そう考えた時、この世に生まれた目的は何だったのか。
スプリッチュアルな思いがここで湧いてきます。
この世に来たのは、喜びも、悲しみも、苦しみも、愛もすべて体験を通して自分の霊性を高めるために生きているということです。

コメント