27歳という若さなのに、私は彼についてのユーチューブを見て涙が出てきます。
今回の北京オリンピックにおいて彼は、4回転半に挑戦しました。
メダルだけを意識するなら、無難な演技というものがあったと思います。ミスをなくしてメダルを取りにいけただろうということを言っている人がいました。
しかし、彼は9歳でしたか、彼自身の過去の自分がとべと言っていたと言います。
メダルがとれる安全な道を選ぶか、それとも4回転半という世界に挑むか、これは究極の選択です。
これまでに彼が築いてきた道のりがあるという前提があるわけですが、彼はこのタイミングで選んだのは、4回転半だったということです。
羽生選手の一つ一つの生きざまが、私のような60過ぎた男さえもこの人は天使なのかもしれないと思えます。恐らく神からの使いなのでしょう。
スポーツという世界において、その演技で他者を魅了することはあると思いますが、この羽生という人は生きざまにおいて人類に人間としての生きることの意味を教えてくれています。
困難な時に、どういう選択をするのか、この羽生選手を見ていて学ばされます。
中国では、この羽生選手のことを知って、自分の持っている徳を羽生選手に全て上げるからと羽生選手の成功を祈る人が多いそうです。
「失敗」ということは人間が嫌うものですが、羽生選手の生きざまから、「失敗」しても努力し続けて挑戦することの大切さを感じます。
オリンピックでは4位という結果になりましたが、それでも彼は、金銀銅のメダルの以上に輝いているのです。
メダルより輝くものを彼は持っていて、人は、それを心で感じるのです。

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