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死刑制度と霊的視点

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あなたは死刑制度をどのように考えますか。

私の家は、田舎ですので、昔から住んでいる地域のお寺の檀家になっています。

「同朋新聞」が配られていて、2月号(2019年2月1日)発行の11ページに「死刑執行の停止、死刑廃止を求める声明」を発表する真宗大谷派宗務総長 但馬弘さんの記事が載っていました。

2018年12月27日、大阪拘置所で2名の死刑が執行されたのです。これに対して、宗派は死刑執行に対して遺憾の意を表明しています。

この記事では次の点を述べています。

①殺人は許されることではない。被害者の方々の悲しみは察するに余りある。

②殺人者を死刑にすることは国による殺人であり、人間による罪を重ねることである。

③死刑制度は、罪を犯した人がその罪に向き合い償う機会を奪う。

霊的視点で見たとき、死刑執行はどうか

霊的視点から見たとき、「死刑制度は廃止すべき」という考えです。

この議論についていろいろなサイトで、死刑制度について賛否両論がなされています。

今の世の中においては、霊界の存在は科学的証明がなされていないため、霊的観点から法律ができていません。

ところが、もし、神がいて、霊界があるのが事実だとすれば、死刑制度は廃止すべきだとなるでしょう。

殺された人はあの世でどうなるのでしょう。

肉体が奪われて、この世での霊的成長のチャンスを奪われたことは無念であり悲しいでしょう。しかし、霊は生きていて埋め合わせの摂理が働くでしょう。

殺人を犯した人が死刑によって殺されたらどうなるでしょう。

肉体はなくなっても、霊体はあの世で生活します。あの世においてどのような生活をしているのか私には、分かりません。霊界のきまりに従って、自己の反省の機会が与えられるのでしょうか。

シルバーバーチの言葉は以下です。

「残酷は残酷を呼び、争いは争いを生みます。が、愛は愛を呼び、慈しみは慈しみを生みます。」
「死刑に処することは正義からではなく復讐心にかられているという意味において、間違いです。」
「殺人者を殺すことによって、殺された人は少しも救われません。」

「死刑制度では、問題は何一つ解決しません。罪を犯した人のことを思いやる心こそが、摂理を成就させるのです。いかなる方法をとるにせよ、更正を促進するものであるべきで、決して復讐心を生み出すようなものであってはなりません。」(シルバーバーチ霊)

神様
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