人は苦労することを嫌います。
「苦労」とは、つらいことであるとか、苦しいことだという認識があるからです。
例えば、4kmの道のりを歩くとします。4kmの間歩くのですから、足が痛くなったり、暑くて汗がでてきたりします。もし、この4kmを車に乗って移動すれば、何の苦労もなく、目的地に到着します。エアコンが付いていれば、涼しい環境で到着できます。
この4km歩くことはつらいだけではありません。プラス面もあるのです。
例えば、歩くことで、普段気づかない歩道の様子に気づくのです。歩道の両側から草が生い茂り、この道を通学している中学生が大変なことを知ります。歩くことで、体力もつきます。
苦労することはマイナスばかりではないのです。
苦労したからこそ、わかることもあるのです。
神が人間のために用意した地球では、苦労することも計画のうち
神は、人間に霊としての成長をさせるために人間に必要なものを全て用意されました。
この世を生き抜けば、どの霊も一定の成長が得られるように用意されました。
全ては霊としての成長を促すためのものです。もし、何の苦労もなく、ただ安楽な暮らしだけであれば霊としての成長がないためです。
人は、苦労するからこそ、成長するのです。職場の会話で、よく「お疲れ様でした」という事があります。「お疲れ様でした。」の後には、「ご苦労様でした」という意味も含んでいます。実は、それだけの意味で終わらないのです。
疲れて苦労したけれど、その分霊として成長しているのです。
私は仕事の関係であるメンバーのシフトを組むことがあります。そのシフトの組み方によっては、しんどい役割に当たる人が出てきます。どの人も平等になるようシフトを組むのですが、場合によってある人の回数が増えることもあります。
その人からすれば、しんどい所の回数が増えて疲れますが、その分良いこともあるのです。人より疲れる仕事をした人は、肉体的につらいかもしれませんが、きちんと「埋め合わせの原理」が働きます。
私は、その人に「その分、きっといいことがありますよ」と言っています。
人間は、日々の生活で苦労をするのは避けたいけれど、いいこともあると考えれば、その辛いことも受け入れられるのです。
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