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結局この世は仮の世界

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私たちはテレビを見ているとき、自分がテレビの前にいてテレビの画像の番組をこちらの現実世界とは別世界と思って見ています。

これと同様に、もしかしたら、私たちの本当の世界は意識の世界でこちらでバーチャルな体験をしているに過ぎないかもしれないということです。

意識の世界が真実の世界で、こちらで肉体を使って毎日過ごしている世界は仮の世界なので、時間がたてば(寿命が尽きるまで)肉体は滅び、意識だけの世界が残る。意識こそが人間が失うことなく生き続ける。この意識はずっとあの世の霊界にいて、こちらの肉体世界を動かしている。

ゲームをしている人は、こちらの世界でゲームの中の登場人物を操作していますが、動いているのはゲームの中の人物だとしてもそれを操作しているのは、こちらの自分。

それでは、なぜ、そういう仕組みになっているか。

それは、全て霊が体を通して体験することで、霊的成長をするため。

この世をどう生きるか。人間として生まれた全ての人には、人間として生きることの不自由さを味わいます。

どんな境遇に生まれたとしても、みんな生きる上での課題に遭遇します。

ある出来事を苦しみと受け止めるか、それとも人生を学ぶための試練としてとらえ活用するかによって霊性は高まります。

苦しみは、自分の霊性を高めるために用意された人生劇場というわけです。

喜びというものも同じです。苦しみだけでなく、喜びも人生勉強なのです。

黒があって白が理解できます。明るさがあって暗さが理解できます。喜びと悲しみの両方があって違いが理解できます。

この世というのは、全て体験を通して学ぶ学校のようなものだということです。

そういうふうにして霊的成長がなされる仕組みを神が創造されたということです。

 

 

神様
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